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人生の決定権は、いつも自分自身にある
―多くの選択肢に触れながら、決断力を養おう―

ユナイテッド株式会社 早川与規
早川与規(はやかわ  とものり)
ユナイテッド株式会社 代表取締役会長CEO

1969年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、1992年に株式会社博報堂に営業として入社。1998年、視野を広げるべく私費を投じて米国シラキュース大学経営大学院へ留学。その1年後に株式会社サイバーエージェントへ転職、常務取締役を経て2000年に同社取締役副社長兼COO を務める。2004 年、モバイルサービスを展開する株式会社インタースパイアを設立して代表取締役社長CEOに就任。2009年には株式会社エルゴ・ブレインズと合併し、株式会社スパイア代表取締役社長CEO を務める。2012年12月モーションビート株式会社と合併、ユナイテッド株式会社代表取締役会長CEOに就任し、現在に至る。

若い力がチャレンジ出来る場をどんどん広げていきたい

ユナイテッド早川与規会長

―まずは、ユナイテッドの事業内容について教えください。

  2つの事業を軸としていて、ひとつはスマートフォンメディア事業としてアプリの開発を行っています。累計3,500万ダウンロード(2015年1月時点)されている「CocoPPa(ココッパ)」を中心に、これまでに100個以上のアプリを提供しています。

  もうひとつは、スマートフォンに特化したRTB広告(リアルタイム入札によって広告取引をオークションで行う仕組みを指す)事業です。広告主側の広告効果を最大化するためのプラットフォームであるDSP「Bypass(バイパス)」とメディア側の広告収益を最大化するためのプラットフォームであるSSP「AdStir(アドステア)」を提供しています。

―お話に出た「CocoPPa」は、新卒を含めた若手メンバーを中心に開発されたそうですね。

  そうです。スマートフォンのアプリに関しては、大学生くらいの世代がヘビーユーザーでしょうから、一番わかっている世代の感性は大事にしたいですね。若いうちから打席に立ってバットを振りたいという前向きな気持ちを持って、どんどんチャレンジしてもらいたいと思います。

  会社としても、そういったきっかけを生み出せるような環境をつくっていくことが必要だと思っていまして、その一環として、(2015年)4月にはオフィスを改装する予定です。みんなに刺激を与え、ワクワクしてもらえるようなオフィスにすべく、打ち合わせを重ねているところです。

働き詰めの毎日。視野を広げるために留学を決意

早川与規会長、学生時代を語る

―若手メンバーが活躍されているユナイテッドですが、早川さんご自身は学生時代、どのように過ごされていましたか?

  大学生の時はスキーサークルに入っていました。試験以外、年間60~70日間は山に行っていましたね。シーズン中で合宿をしていない時はスキースクールでアルバイトをして、オフシーズンの時はスキー専門誌の編集部で働いていました。スキースクールでは、生まれて初めて雪の上に立つような人に対しても、スキーを教えることがあります。そういう時は、自分がスキーをするうえで常識だと思っていることは、相手の常識ではないということを念頭に置き、わからない人にはどう伝えれば伝わるのか考え、相手の立場になり、わかるような表現にして伝えるように心がけていましたし、いい勉強になりました。

―大学を卒業後は、博報堂にご入社されていますが、広告業界に興味を持ったきっかけは?

  広告業界への興味というよりは、若いうちから仕事を任せてもらえる職場にいきたいと思っていました。その環境があるのは、マスコミや広告代理店なのかなと。かつ、業界1位の会社ではなく、2位の会社に入って、1位をひっくり返すようなことが出来たら面白いなと思っていました。

―博報堂時代の経験からはどんなことを学びましたか?

  3年間は文句を言わずに、死ぬ気で働こうと思っていましたが、やはり続けていると、「この仕事は何の意味があるんだろう?」と思うような仕事も、なかにはありました(笑)。でも、そんな仕事でも自分なりに創意工夫することはできるので、無駄な仕事はないと思います。

  特に大きい会社は、誰と働くかということがすごく重要で、僕の場合、若いうちから仕事を任せてくれる上司がいたので、実質働いていたのは6年間でしたが、それ以上の経験をさせてもらいました。ただ、昼夜を問わずに働いて、土日に休みがあってもくたびれて寝てしまうという状況でしたから、自分自身の視野が狭くなってしまっているなと感じてきていて。もっと視野を広げなければと思い、29歳の時にアメリカの大学院に留学をしました。

2年間留学するつもりが……思わぬ転機

留学と転職の経緯を語る早川与規会長

―休職という形をとって、留学されたんですよね?期間はどのくらいだったのでしょう?

  1年間です。もともとは2年間アメリカの大学院に通い、博報堂に戻るつもりでした。ですが、夏休みのインターン先を探している時に、日経新聞日曜版の求人欄を見ていたら、サイバーエージェントの求人広告が出ていて、「インターネットマーケティングのNo.1カンパニーになる」という勇ましいコピーで(笑)、それを見てサイバーエージェントのHPから応募しました。そしたら、ものの数時間後に藤田さん(藤田晋[ふじた すすむ]氏/株式会社サイバーエージェント代表取締役社長)から直接返事を頂け、夏休み期間に一時帰国をしてサイバーエージェントでインターンを始めることになりました。

―そういった経緯があったんですね。ということは、結果的にそのままサイバーエージェントに転職されたということですか?

  そうです。藤田さんから「サイバーエージェントで働きませんか?」というお話を頂いて。最初はまったく転職するつもりなんてありませんでした。でも、藤田さんは人間的にも経営者としても素晴らしい人でしたし、寝袋で寝泊まりしながらずっと働いているメンバーを見ていて一緒に働いてみたいと思うようになりました。当時、社員数は20名強くらいだったと思うんですが、みんなが仕事に対して100%コミットしていましたから。

  また、アメリカのインターネットブームを肌で感じていたというのも大きいです。この流れは間違いなく日本にもやってくる。インターネットは広告が大事な収益源なので、今までやってきたことが活かせるはずだと思い、大学院も博報堂も辞めてサイバーエージェントに入社することにしました。

―その後、サイバーエージェントで常務取締役を経て、副社長になられます。その過程ではどんなことを感じていましたか?

  サイバーエージェントにはトータルで5年間いましたが、上場した直後というのは結構大変でした。2000年3月に上場して、4月までの1ヶ月で人数が倍くらいになったんじゃないかな。50名ほどで一丸となってやっていたのが、急に100名くらいまで増えて。いろいろな業界からいろいろな価値観の人が入ってきましたので、社内が混乱していました。

  上場し、資金も調達して、新規事業にもどんどん取り組んでいかなければという状況でもあり、とりあえず新規事業を始めてみるのですが、方法論が確立していないままやっていたので、事業を始めては失敗するのくり返しでした。社内も「このままずっと黒字になんてならないのでは?」という雰囲気になっていて。それでも挑み続けた結果が、その後の様々な事業に繋がっていると思います。

―それからご自身でインタースパイアを設立するまでにはどのような経緯があったのでしょうか?

  自分がベンチャー企業で働くことになるなんて考えてもいませんでしたが、サイバーエージェントに入る時に、漠然とですが「いつかは自分が最終責任者という立場でやってみてもいいのかな」と思うようになっていました。ただ、先ほどお話した通り、混乱期でもありましたので、「この会社を軌道に乗せて藤田さんを男にするまでは辞められない」と思っていました。

  そんななか、2001年に2004年までの中期経営計画をつくったんです。当時は大赤字でしたから周りからは「達成出来るわけないだろう」と言われるような目標値ではありました。ですが、2004年に大きく黒字化する事が出来たんです。その時に、当時のサイバーエージェントの副社長として自分がすべきことは出来たのかなと思いました。僕もサイバーエージェントで働いて5年、35歳だったので、起業という新たなチャレンジをするにはちょうどいい時なのかなと。

起業、合併を経て……大切にしたい社内コミュニケーション

ユナイテッド株式会社社内

―達成感を得て、次のステージへということですね。ご自身で起業するとなった時、どんな苦労をされましたか?

  うまくいかなかったことだらけなので、基本的には忘れるようにしているんですが(笑)。年々、インターネット事業を始めるうえでの難易度というのは高まっていて、1999~2000年にインターネットビジネスを始めるのと、2005年にゼロからインターネットビジネスを立ち上げるのでは、全く環境が違っていました。そのことをわかっていたつもりだったんですが、認識しきれていませんでした。もっと安易に事業が立ち上がると思っていたな、甘かったなと自分自身、今は思います。

―早川さんは副社長、社長、会長という経営の重要ポジションをご経験されています。それぞれのポジションで仕事への向き合い方というのに変化はありましたか?

  副社長と社長は全然違いますね。日常的にはあまり変わりないですが、副社長は社長が最終決定したことを「いかにみんなで成し遂げるか」というところに注力する。ですが、社長は「何を成し遂げるか」、それ自体を決めなくてはいけません。

  社長と会長で変わったところは、今は原則、執行役員以上が参加する会議にしか出ていないので、極端に言えば年度の事業計画をつくる時以外は、事業の細かいところには口を出していません。事業に関することは社長の金子(金子陽三[かねこ ようぞう]氏/ユナイテッド株式会社代表取締役社長COO)が全部取りまとめてくれているので、僕自身はそのほかのいろいろなことを考える余裕ができました。同じインターネット業界の上場企業の社長経験者が社内に2人いる(早川氏は株式会社スパイア[大阪証券取引所]、金子氏はモーションビート株式会社[東証マザーズ]の社長を務めた)会社は珍しいですから、そこはプラスに働いています。僕も一線を退いて会長になったわけではなく、代表取締役CEOという立場なので、気構えは変わっていませんが、だいぶラクになったなと感じています。

―2度の会社合併を経て、両社を融合させるためにはどんなことが必要だとお考えですか?

  これはひとつしかないですね。人が融合するかどうかです。合併をする時、どうしても辞めてしまう人が出てきてしまうのが一番つらいところで、「え?この人が辞めちゃうの?」という意外な人が合併を機に退職するということが、どうしても起きてしまうんです。なるべくそれが起こらないような仕組みや施策、新しい文化づくりは大事だと思っています。

―具体的にはどのような施策を行っているのでしょう?

  最近は、Web社内報「みないと!」の運営に力を入れています。僕や(社長の)金子のブログ、社内のニュースを発信するコーナーや、事業部内で社員同士を紹介してもらうコーナー等、様々なコーナーがあります。僕は社外にはブログを書いていませんが、社内に向けてだと少しくだけた部分が出せますので、社員との距離が近くなりますしね。

  Web社内報以外にも、「UNIGHT(ユナイト)」というイベントを月に1度開催しています。ユナイテッドのナイトという意味で、誕生日月の人を集めたパーティーです。基本的にネーミングはダジャレですね(笑)。

  そのほか、毎週月曜の朝に朝ごはんを提供したり、給料日の前日に他部署の人とランチを楽しんでもらうようランチ代1,000円を支給したりと、様々な取り組みを行っています。あとは部活動支援の「部ナイテッド」とか。ダジャレばっかりですね(笑)。

  合併後にそれぞれの合併前の事業だけをやっていても、ただ2社を足しただけになり、それでは合併した意味がないと思っています。「他の部署のやっていることは知りません」という状況をつくってはいけないと思うので、会社の縦横のつながりができて、コミュニケーションが取れるような仕組みはいろいろと考えています。

学生が「ここで働きたい」と思ってくれる企業を目指して

ユナイテッドエントランスで早川与規会長と

―早川会長は仕事をするうえでどんなことをポリシーとしていますか?

  言葉にすると平たくなってしまいますが、常に前向きであることが大事だと思います。学生と面接をする時も「つらかったことは何ですか?」と聞かれるんですが、ベンチャー企業というのは新しいことにチャレンジしていくものなので、困難は頻繁にやってきます(笑)。だから基本的に気持ちが前向きじゃないと、ユナイテッドには向いていないという話をするんです。何か嫌なことがあったら、次はいいことがあると思えればいいですよね。

  あとは年齢と経験を重ねたから思えることですが、ユナイテッドとしていかに社会に貢献するか、ということも自分のなかのテーマとして芽生えています。

―ユナイテッドの将来のビジョンを教えてください。

  我々は「日本を代表するインターネット企業になる」というビジョンを掲げ、そこを目指しています。社内のメンバーにはだいぶ浸透してきていると思うのですが、学生から見ると、具体的にどんな企業なのかピンとこないみたいなんですね。わかりやすく言うと、優秀な学生が就職をしようとした時に「どうしてもユナイテッドに入りたい!」と思ってくれるような企業になることです。

―最後に、大学生にメッセージをお願いします。

  学生のうちにアルバイトをいろいろやってみるといいかなと思います。たくさんの業界を見られるチャンスですし、就職活動にしても、自分が志望していない業界も見たほうがいいと思っています。最初から、ひとつに絞ることがダメとは言いませんが、いろいろな業界の人の話を聞くと勉強になりますし、視野も広がりますから。

  あと、決めるのは自分なので、「最後は自分が決めるんだ!」という意識を持って就職活動に取り組んでほしいですね。親や友だちの意見があったとしても、働くのは自分なので、最後は自分自身で決める。自分の意志を自分で決めることは社会に出てからも、すごく大事なことだと思います。

[取材] 渡辺千恵 [執筆] 渡辺千恵 [写真撮影] 真田明日美

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