サイバーエージェント急成長を牽引した影の立役者――石井洋之が掲げる“ZONE”を生み出す職場とは
- 石井 洋之(いしい ひろゆき)
- 株式会社シーエー・モバイル 代表取締役社長
1977年、神奈川県横浜市生まれ。大学卒業後の2002年4月、株式会社サイバーエージェントに入社。誰も開拓できなかった大手金融企業とのアポを取りつけたことを機に頭角を現し、10月に新人賞を獲得。2007年、SEO事業に特化した子会社 株式会社CAテクノロジーの創設にともない、代表取締役就任。4年目で年間10億円の売上高を達成する。2010年12月、本社取締役に就任。2012年に執行役員となり、インターネット広告事業本部を管掌。2015年10月、モバイルコンテンツ事業を展開する株式会社シーエー・モバイル代表取締役に就任する。(本社最寄り駅:渋谷)
あらゆるモバイルデバイスで、市場を牽引していく会社でありたい
―シーエー・モバイルの事業内容を教えてください。
『EXILE mobile』『ゲッターズ飯田の占い』といったファンサイトや占いサイトなどの課金事業や広告事業を中心に、創業以来16年間、一貫してモバイルインターネット事業を手がけています。
サイバーエージェントグループは連結子会社76社(2015年9月末時点)から成る企業グループですが、シーエー・モバイルはそのなかでもかなり初期に創設された子会社です。
そのため、NTTドコモさんほかキャリアとのつながりや人脈が広く、新規事業を立ち上げやすい環境になっています。
―石井さんは昨年の2015年10月に社長に就任されましたが、これから会社をどうしたいと考えていますか?
今後もモバイルデバイスにおいて、市場を牽引していく会社でありたいと考えています。 ヴァーチャルリアリティーやウェアラブルデバイスなど、モバイルデバイスはますます変化していくでしょう。そのような変化に敏感に適応し、新たな挑戦をし続ける会社でありたいと考えています。
―そのために、人材の育成について心がけていることはありますか?
僕はサイバーエージェントグループのなかでも、数多くの挑戦をし、その結果、成功と失敗を経て自己を成長させてきました。それらの経験を、シーエー・モバイルの若い社員にも経験してもらいたいと考えています。
具体的には10年で100億円の売上げを目指し、事業を立ち上げ、チームを牽引できるリーダーを育てたいと考えています。
―成長していく若手のリーダーに対し、身につけてほしいと思うことは何ですか?
リーダーは「心技体」を兼ね備えていることが不可欠だと思っています。「心」とは心の在り方のこと。「技」は技術で、ビジネスでいう戦略や、経営の仕組みづくり。「体」は精神力・体力・実行力です。
なかでも最も大事なのは「心」の部分。若いころは自分のために働くことに一生懸命ですが、組織を率いるリーダーという立場になると、人のために働くことを楽しめるようにならなければなりません。
自分以外のメンバーやお客様のために、本当に楽しめるかどうか。そういう姿勢を、事業の成長を通じて学んでほしいと思っています。
―それらを踏まえ、今後入社してほしい人材像を教えてください。
「将来こんなサービスをつくりたい」「自分はこうありたい」など、大きな夢を持っている人がいいですね。あとはやはり素直で、成長を楽しめる人、変化を楽しめる人です。
もうひとつ、受験でもサークル活動でも何でもいいので、何かの“成功体験”を持っているといいですね。その分野で1位を取るほど没頭して成果を出せた人と一緒に仕事ができるといいですね。
実際に、弊社で活躍している人は“没頭することを楽しんでいる”人が多いです。
人が成長し、ひとつの目標に向かっていく過程が楽しく、嬉しい
―石井さんが10~20代の時に抱いていた夢や憧れていた職業はありましたか?
尾崎豊さんや長渕剛さんといったアーティストが好きで、かなり影響を受けた気がします。彼らは音楽で自分の考えを世に発信し、共感を得るというエネルギーにあふれていた。漠然と、そういう人になりたいと思っていましたね。
それと、両親の影響も大きいです。父親は石油会社のエンジニアで、とても活き活きと働いていました。当時は高度経済成長で石油産業がすごく伸びていたので、父親の背中を見ながら「成長している産業っていいな」と感じるようになりました。
いっぽうで母親は「公文」の先生をしていて、家のワンルームが教室になっていました。僕も数学とか勉強させられたんですけれど(笑)通っている小さい子が問題を解けるようになるのを、母はすごく喜んでいましたね。
それを近くで見ながら、人が育っていくこと、人に可能性があることは喜ばしいことなんだということが分かったし、僕自身の基本的な価値観となった気がします。
―幼少期から学生時代にかけて、ずっとスポーツをされていたそうですね。
小学校の時から野球やスイミングスクールに通ったり、ドッジボールをしたり、父親とランニングしたりしていましたね。特に、野球は小・中・高校生とずっと続けていて、キャプテン・副キャプテンとして、チームを引率していました。
アルバイトもたくさんしました。新宿や渋谷で飲食店のバイトをしていたんですが、そこでもマネージャーとして、人を育成する役割を担っていました。成長した人がお店を盛り上げ、売上げに貢献してくれることは、僕自身のやりがいにもつながりました。
チームや組織をまとめるのは大変ですが、ひとつの目標を掲げて、そこにみんなで向かっていくと、想像できないほどのものすごい力が発揮されることを体感できました。
そういう“成功体験”を通じて、社会に出た時、自分がリーダーシップを取り、世の中に影響力のある仕事をしたいと思うようになりました。
見渡せば、自分より優秀な社員だらけ! そこで取った行動は?
―2002年、新卒でサイバーエージェントに入った動機は何でしたか?
大学3年生の時、藤田さん(藤田晋[ふじたすすむ]氏/サイバーエージェント代表取締役)の本『ジャパニーズ・ドリーム』を読んだことがきっかけです。「21世紀を代表する会社になる」と掲げてありまして、それを見た瞬間、夢が大きいし、カッコいいなあって思ったんです。
それに努力とその結果に応じて報酬が上がる“実力主義”という社風も気に入りました。僕が働いていたバイト先は、どんなに努力しても、人を育成しても、昇給額は時給換算で50円でした。インセンティブもなく、勤続年数が長い人の方が給料が高かった。それがずっとイヤだったんですよ。
その影響もあって、サイバーエージェントの“実力主義”と、藤田さんの夢の大きさには、正直ワクワクしましたね。ITは「これから伸びる産業」だと感じられたのも決め手でした。
―入社前と後とで、ギャップに感じたことはありませんでしたか?
想像以上に優秀な人が集まっていると感じました。僕は小・中・高とスポーツをやってきて大きな敗北感を感じることは稀だったんですが、そう歳も変わらない先輩や同期の仕事ぶり、発言を聞いて、危機感を感じました。
特に痛切に感じたのは「1、2年の時間の大切さ」。たった1年でも、経験の差が生まれるのだと感じました。僕は大学を1浪1留しているんですが、正直「出遅れたな」って(笑)。
このまま同じやり方をしても勝てないのは分かっていました。なので、入社してすぐ「自分を一番優秀なマネージャーの下につけてほしい」と頼みました。生意気ですけどね(笑)。そうして配属されたのが、現在マイクロアドで営業統括している佐々木誠さんのチームでした。
―佐々木さんはどのような方だったんですか?
とんでもなくパワフルな方でした。東工大の理系出身で、頭は切れるし、ロジカルで行動力もあって。怖い人なんですが、それでいてお客さんに愛される人でしたね。ものすごく鍛えられたし、むちゃくちゃ怒られました(笑)。
1億円の大損害が発生! 人生最大の危機に立ち向かって
―成功と失敗を数えきれないほどされてきたというお話でしたが、そのなかでも最も大きな経験といったら何でしょうか。
マネージャーになったばかりの、26歳の時でした。当時、年間数百万円ほどの取引をしていた大手クライアントに、ある大きなプロジェクトを提案しました。
具体的には、あるモバイルサイトに出稿しているクライアントの広告を、アルバイトカテゴリで集客数1位にすることでした。我々もスペシャルチームを組み、万全の体制で交渉した結果、数千万円という破格の受注額をいただけることになったのです。
当時、そのモバイルサイトでは、集客できたUU数(※1)が多ければ多いほど広告が上位に上がってくる仕組みで、そのクライアントの広告はその時点では4位。当然、1位になれば莫大な収益が見込めますし、クライアントにとっても利益をもたらすものでした。
とはいえ、クライアント側にとっても金額的に大きな賭けだったと思います。1位を獲るために必要な目標数値は、1~3月の3か月間で50万UUでした。
ところが、ふたを開けて見ると、集められたのは、目標数値の半分である25万UU。広告の内容に問題はなかったものの、原因はユーザーの重複でした。我々は、そこまで大きな重複率を見込んでいませんでした。
このままではまずい、と改めてシミュレーションし直した結果、1億円の補填が必要と判明したのです。
―ケタ違いな数字ですね……。
普通であれば即刻クビですよ。とうとう役員会議に呼ばれて「どういうことか説明してくれ」と藤田さんに問い詰められて(苦笑)。……これまで失敗は幾度となく経験してきましたが、この件はさすがにこたえました。
しかし、藤田さんは怒らなかったんです。「お前だけのせいじゃない。でも必ず結果を出そう」と。そして1億円を特損(※2)として落とすことになったのです。 さらに、クライアントも「これで1位を獲れたら、来月も絶対に発注する。長い付き合いにしていこう」とおっしゃってくださって。……ものすごく心強かったですね。
それから、もう「何が何でもやってやろう」と、何度もトライ&エラーを繰り返しました。成果を得るまで苦難の連続でしたが、結果的に目標であった1位を獲得できました。
クライアントのサービスも収益の要となるほど大きく成長し、我々の事業も伸び、互いの関係性も深まりました。
―大きなトラブルを乗り越えた結果、双方とも成長したのですね。
そうですね。20代の時に苦難をたびたび経験したことで、今ではトラブルに対してだいぶ直感が働くようになりました(笑)。
その結果、「これくらいなら大丈夫、対策を打てる」という体感値を得られたので、今はある程度大きな金額のプロジェクトであっても、若手がどんどん挑戦できるような機会を与えています。
さらなる上昇を目指していた矢先、CAテクノロジー社長に抜擢される
―2007年、SEO(※3)事業に特化した新しい子会社CAテクノロジーの社長に就任されますが、藤田社長自ら、石井さんを社長に指名したとか。
29歳だった自分は当時、広告事業のナショナルクライアントの新規開拓を担う責任者でした。かなり苦戦しましたが、ブランド力のある大企業へどんどん切り込んでいけるそのポジションは自分にとって誇らしく、やりがいがありました。
いっぽうで将来は独立し、経営者になりたいとも考えていました。そんな時に、「今度つくるSEO事業の会社を石井に任せる」という声がかかりました。
―どんなお気持ちだったのですか?
正直なところ、SEO対策「だけ」という点が引っかかったのは事実です。今まで自由に、思い切りやっていたのに、突然翼をもがれてカゴの中に押し込められたような。道を狭められたように感じたんです。
―どのように心の整理をつけたのでしょう?
僕の人生のなかで、両親や藤田さん、会社の先輩など“自分が尊敬する人”に示された道に間違いはないという感覚があったので、きっとこういう機会を僕に与えてくれたということに、何かしら意味があるに違いないと思い、お引き受けすることにしました。
メンバーの尽力のおかげもあり、設立から4年で、CAテクノロジーは年間10億円を売り上げるまでに成長しました。2011年8月に本社と吸収合併しましたが、その月は創業以来最高の受注額となりました。
今を一番楽しくするために、一番大事なものとは?
―リーダーとして上に立つ経験の長い石井さんですが、先ほどのように決断や判断に迷った場合、何を判断軸にしていますか?
判断には2つあると考えています。「本質的であるか」、そして「長期的であるか」という視点です。
商売、経営に携わるうえで、たとえば、短期的に得られる営業利益を追求するか、あるいは品質向上のため投資に集中するか、究極の選択を迫られる時があります。
我々の場合、最も大切なのはお客様です。「長期的」に見て、それがお客様のためになるなら間違いなく後者ですよね。けれども、いざその局面になると、前者を取る企業は多い。私もそういう心理が働くこともありました。 ですが、改めてどちらが「本質的」なのかと問われれば、やはり後者を取らないといけないんです。
人間は“自分”というものに対し盲目になりがちなので、判断に迷ったらちょっと俯瞰して見ることが大事だと日々実感しています。僕は大事な判断をする時は、身近な人や経営者の先輩など、今であれば、サイバーエージェントの中山常務やシーエー・モバイルの取締役など、少なくとも3人には相談しています。
―石井さんご自身の夢はありますか?
何かに集中し、没頭していると、どんどん感覚が研ぎ澄まされていく。そして、狙い通りの結果を導き出せる――野球だと「ボールが止まって見える」とも言いますが、そんな瞬間を経験したことはありませんか? 僕はこれを“ZONE(ゾーン)”と呼んでいます。
これが先に述べた“成功体験”の源になるもので、この“ZONE”に入れば、結果がついてくると思っています。僕は、“ZONE”を企業経営において意識的に作りたいと考えています。
つまり、そういった体験がある人、例えばアスリートや何かスポーツで“ZONE”を体験したことがある人。そんな人と一緒に何かできればいいし、そういう人たちのためのプラットフォームを今後築き上げていきたいなと考えています。具体的な形はこれからですが、そういった意味では、まだ夢の途中ですね。
―それでは学生や若い世代の皆様へ、メッセージをお願いします。
僕は、誕生以来、今(現在)がもっとも充実していて、楽しいと思っています。皆さんも是非「今が一番楽しい」と思う生き方をしてほしいです。
1日24時間のうち、8時間仕事をすると仮定すると、3分の1は職場にいるわけですから、職場が「楽しい場」であり、その時間を楽しめることが大事だと僕は思います。
仕事に対する価値観が合う仲間が互いの成長や成功を心から喜び合える環境であること。サイバーエージェントグループはそれを体現していて、その貴重な出会いを得られたことに心から感謝しています。
「楽しい」と思える職場、時間、仲間との出会いを通じて自己成長に繋がる“ZONE”環境を自ら築いていってほしいと思います。
[取材・執筆・構成・撮影(インタビュー写真)]真田明日美