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恐れず飛び込み、力を尽くせ!
―今はわからなくていい。必ず夢は見えてくる―

株式会社エンターモーション 島田大介
島田大介(しまだ  だいすけ)
株式会社エンターモーション 代表取締役社長

1975年生まれ、兵庫県出身。慶應義塾大学法学部法律学科卒。総合商社の日商岩井(現:双日)に入社し、人事部、情報産業本部に配属される。しかし、入社して2年目の2000年2月に日商岩井が経営不振に陥り、情報産業本部が分社化売却され、その分社化したベンチャー投資育成事業を展開するITXへ転籍する。その後、ベンチャー企業の象徴としてbitvalley構想で有名なネットエイジ(現:ユナイテッド株式会社)に出向し、ネットマイルの創業立ち上げに参画。その後、米国のインターネットマーケティング企業の日本法人であったプロモーションズやジグノシステムジャパンとのJVでモバイルコマースを展開するギズモプリュス等の取締役を歴任後、起業を決意。2003年9月にモバイルメディアの運営、ASP提供を行う株式会社エンターモーションを創業する。2008年に『日本テクノロジー Fast50』にて8位入賞、『TechVenture2008』にて2008年最も活躍が期待されるテクノロジーベンチャー10社に選出される。

店舗に特化したマーケティングが活かされたエンターモーションの強み

エンターモーションの事業内容について

―エンターモーションの事業内容についてご説明をお願いします。

  創業してから本当に様々な事業をやってきましたが、今は店舗を持つ企業様に対し、オムニチャネル戦略やO2O(Online to Offline)と連携したオウンドメディア、いわゆる企業様の自社の販促サイト(メディア)やスマホアプリの戦略や企画、システム開発、メディアの運営を支援する事業をメインとしています。モバイルメディアを介して実店舗、eコマースといった様々な販売経路を融合させていくというもので、お客様が店舗でのお買い物をする体験を、ワクワクしたものにする!というのが当社のミッションになります。特に当社ではプロデュースからシステム開発、デザイン、オペレーションに至るまで一括して引き受けていること、そして長年店舗のマーケティングに特化していますので、店舗周りのマーケティングやキャンペーンのノウハウが豊富なことが大きな強みですね。

―具体的にはどのようなことをされていますか?

  飲食店や販売店、ゲームセンター、カラオケ店、アパレルショップ、ペットショップなど、店舗で使えるクーポンの発行、お客様の購買履歴や今いる位置に連動したキャンペーン情報の配信等をするウェブやアプリの企画開発・運用ですね。例えばファミリーレストランで国内No1の「ガスト」でおなじみのすかいらーく様の「オトクーポン」や総合スーパーを展開するイオン・リテール様の「お買い物アプリ」などがそうでして、ファーストフードではロッテリア様、コンビニ業態ではサークルKサンクス様などが挙げられます。外食、小売り、コンビニ等、店舗業態の各カテゴリーのそれぞれTop10に入る国内を代表する企業様に1社ずつご提供をさせていただこうという営業戦略で、今はほとんどのカテゴリーのお客様とお付き合いをさせていただいております。

  現在当社のソリューションを提供させていただいている店舗様は(2015年2月末現在)で11,500店舗ほどになり、お預かりしている会員数は1,650万人を突破いたしました。現在は、店舗企業様と協業しつつ、それらの店舗や会員のデータベースを利活用しながら、当社が事業主体となって店舗と連動するソーシャルギフトやリワードアプリといった新たなメディアの開発やソリューション、店舗連動型のソーシャルゲーム販促特化型の広告商材の開発等の新規事業も展開しています。

―こうした事業をやろうとしたきっかけや経緯についてお聞かせください。

  僕らはもともと、ガラケーの着メロサイトを運営する事業をしていたんですが、自社媒体を持つことは多額の会員獲得コストもかかりますし、ハイリスクなビジネス形態なので、裏方に回って安定とスケールを同時に目指せるビジネスができないか、と思っていたんです。

  そこで当時、爆発的に伸びていたガラケーの懸賞サイトやポイントサイトに特化したASP(企業向けのアプリのレンタルサービス)をつくり、かなりの数の企業様に導入をいただいたのですが、参入が相次いだため、一気に市場競争が激しくなったんです。そこで、もっと長期的に継続する次なる市場とビジネスモデルを模索していました。

  そんな時、たまたま株主さんからすかいらーく様をご紹介いただきました。このころ、実店舗に来るお客様をオンラインに結びつけるマーケティングにおもしろさを感じていた僕は、すかいらーくさんの企画コンペで「店舗でマーケティングを変えていきたい!」って情熱をもって伝えたんです。10社を上回る企業とのコンペでしたが、気に入っていただけて、お仕事をご一緒させていただくことになりました。ノウハウもたまりましたし、ここから、本当にいろんな企業様とのお付き合いが始まりました。

多くの人に触れ、出会える場所だったアルバイトで培ったものとは

島田社長語る

―島田さんの学生時代はどのようなものだったのでしょうか?

  本当に、普通の大学生でしたよ。起業はもちろん、全くと言っていいほど何も考えていなかったな~、というのが正直なところです。サークル→飲み会→アルバイト……の繰り返しでしたね。特に注力したものもありません。普通以下の怠慢大学生ですね(笑)。モバイルやインターネットにも興味はありませんでした。でも、友達と過ごす時間は大切にしましたよ。たくさん遊んで、今でも一生もんの親友と言える友達がたくさんいます。これは僕の人生の宝ですね。入っていたサークルはテニスサークルでして、そこではコーチをやったり、場を盛り上げたりする役目にまわっていました。

  アルバイトは、ディズニーランドのキャストとか、単価の高い交通整備、ファーストフードの販売員、あとはイベントのスタッフとか。純粋にいろんな体験をしてみたいって気持ちと、特に人と接することがやりたかったんですよね。ただ、1対1で向き合う家庭教師のようなものは一切やらなかったですね。たくさんの人と出会える場所、いろんな価値観を持つ人と触れ合える場を求めていたのかもしれないですね。

―そういったアルバイト経験のなかで、今に活きていることはありますか?

  ディズニーランドのキャストですかね。ホットドック屋さんでソーセージを詰める仕事をしていたんですが、そこでサービス精神というものを徹底的に叩き込まれました。社員はもちろん、ただのアルバイトであっても研修や教育にものすごいコストを投じていて、お客様に楽しんでいただくためのマインドセットをしっかり投入されるんですよ。お客様の満足度が高いのもうなずけますね。その経験が直接というわけではありませんが、その一部として当社の他人を想いやるという文化形成に通じているのかな、と思ったりすることもあります。

―ほか、学生時代で思い出に残っていること、印象深いことはありますか?

  勉強でいうと、国際経済法という学問のゼミを受けていました。アメリカ班、ヨーロッパ班、EU班、日本班みたいにと国や地域ごとに分かれて国際紛争の現場についてディベートをするゼミで、例えば、「自動車の関税を安くしろ!」という要求に対して「いや、うちの国は、この法律とこういう理由で関税を高くしているんだ!」と、市場や法律を駆使した論争をするんですよ。ひとつの事を深く考え、皆で協力しながら意見を纏め、議論する。そういうディベートの場、発表の場を持てたという経験は、今でも役立っていると感じていますね。

「情報産業ってカッコいい!」しかし待ち受けていた、社会の現実

エンターモーション島田大介氏

―大学を卒業された1998年に、大手商社の日商岩井に人事部として入社されましたね。その1年後には、情報産業本部に移られています。

  大手企業ばかり受けていて、何社か内定をいただいたのですが、そのなかでも日商岩井は人事部の方から好きなところに配属してもらえると聞きましてね。数ある部署のなかでも「情報産業本部?ITか、なんかカッコいいなあ」という完全にミーハーな気持ちから(笑)、あまり深く考えずに情報産業本部を希望したわけですが……フタを開けてみたら、人事部に配属!って言われたんですよ。おいおい!みたいな感じで思いましたが、2年目に希望していた情報産業本部に異動させてもらえたので、良かったんですけどね。結果オーライだったのですが、まあ、それが社会の厳しさを知った一発目ですかね(笑)。

  人事部では、新卒の採用を担当しており、新入社員でも4月から完全に即戦力として扱われました。入ったばかりなのに、大学生と毎日会って、話をして……。朝から深夜まで、土日も含めて毎日、休みなく働いていましたよ。ほぼ毎日、会社の近くのカプセルホテルに泊まってましたね(笑)。研修は1週間程度で、入ってすぐに現場配属でしたし、なかなか過酷でした。でも、それでよかったなって心の底から思っています。自分自身で考えるクセができたし、仕事に対するキャパシティが圧倒的に上がりましたからね。

  本当は3年間は人事部にいなければならない決まりだったのですが、2年目の時、僕を含めた人事部の同期2名のうち、どっちか出ていいと言われたので、じゃあ僕、情報産業本部行かせてください!って手を挙げて。無事、希望の情報産業本部へ配属となりました。

―想像するだけで大変な1年間でしたね! 情報産業部ではどのような仕事を?

  ガシー・レンカー・アジア・パシフィク(ニキビケア化粧品「プロアクティブ」を主力とする化粧品通信販売業者。パートナーのガシー・レンカ社の本社はアメリカのカルフォルニア州)の立ち上げに関わりました。あれのアジアでの立ち上げって、実は日商岩井なんですよ。

  そこは当時、アジアパシフィック地域や、オーストラリアへ事業展開をしていまして、僕は日本市場展開の担当者としてやらせていただくことになりました。アメリカ本社との契約締結のほか、撮影、映像の吹き替えや編集作業、商品の輸入と倉庫の手配、在庫管理、パッケージデザインなど……そういうのを全部、取り仕切っていました。しかも、担当者は僕のみ。たったひとりなんですよ(笑)。前任者からは1時間程度の引き継ぎのみで、放送関連の事業に関われるというミーハーな気持ちからやらせて下さい!と手を挙げたものの、もう地獄のような忙しさで(笑)。経理上の在庫と実在庫が合わない等は日常茶飯事で、売上が少ないと米国本社の社長からは激ヅメされるし、とにかく早く辞めたい、抜けたい、と思っていましたね。

  ただ、楽しいことももちろんありました。ラスベガスで開催される、おもしろグッズを集めた展示会へ行って、日本で流行りそうなものを広告代理店の方と一緒に探しまわったり。そういうことを2年間やらせてもらいました。流通事業のエッセンスのすべてが詰まっていたし、本当に地獄のようにつらかったですけど、その分、鍛えられましたね。

―入社されて2年目で、急に責任重大な、しかもグローバルな仕事に携われたわけですね……! 当然、やり取りは英語ですよね?

  ええ、もう習うより慣れろ!って感じでやりましたよ。でも、英語は昔から好きだったんです。バーへ飲みに行って外国人としゃべるのもすごく好きでしたし。実は、中学の時に短期で3週間、大学時代にはカルフォルニア州のモンテベロに交換留学した経験がありまして、UCLA(カルフォルニア大学ロサンゼルス校)で実施されていたサマースクールに語学留学に行ったりと、累積して半年くらいアメリカにはちょこちょこと行っていましたね。それらの経験は活きたかもしれません。単純に人とコミュニケーションするのが好きなんですよね。

人生最大の転機到来! 超安定志向の青年が、ベンチャーに目覚める

超安定志向だったという島田社長

―そのあと、ベンチャーキャピタル事業を展開していたITXに移籍されますね。

  日商岩井が経営不振に陥りまして……情報産業本部を売却、分社化してできたのがITXという会社です。僕は正直、ずーっと超安定志向で、大企業は永遠なり!と思っていました。それが根本から覆されるわけですよ。大企業でも決して安定してないんだと、その時に身をもって感じましたね。それで、二択を迫られました。日商岩井の別部門に行くか、ITXに転籍かどっちかだと。ITはおもしろいし、いろんな会社を見てみたいなと思い始めてもいましたが、やっぱり日商岩井のブランドにも未練があったんですよね。この期に及んで、まだ、ブランドを気にするなんて超大企業志向でしょ。大いに悩みましたねぇ。そして、悩んだ末に入社2年目で日商岩井に辞表を提出し、ITXに転籍することを決意しました。

  ITXはいろんなベンチャー企業に出資するだけでなく、育成もするというスタイルをとっていまして、僕はそこで出資を実行した、ネットエイジに出向することになりました。その時も実は迷ったんですよね。本当にベンチャーに出向していいのかなと。本当に悩みまくりの人生ですよ(笑)。でも、人生の恩師と仰ぐ当時の上司から「島田、行って来い!お前のためになる」と背中を押されたので出向をすることになりました。出向と同時に、ネットエイジの子会社としてスタートしていたネットマイルの立ち上げにジョインさせてもらったのですが、これが人生の転機となったんです。

  職場には、今まで見たことないような光景が広がっていました。朝、出社すると徹夜明けのエンジニアが机と机の間で寝てるんですよね。上層部から下まで、仕事に対する半端ない活気にあふれている。それらを肌身に感じて、「ベンチャーってすごいな!こういう情熱、夢や高い志を持った人たちがイノベーションを起こして、世の中を変えていくんだ!」と、腹の底から実感したんです。うわぁーー、すげーー!って思いましたね。超安定志向の青年がベンチャーにのめり込む瞬間でした。人生における価値観が180度、ぐわって変わりました。

―ベンチャーの熱さに触れて、今までの価値観が逆転したのですね。その間に、アメリカのプロモーションズを買収して、会社の経営に携われたとうかがいました。

  プロモーションズは米国企業から100%買収した日本法人でして、そこの営業担当取締役に抜擢されました。それが26歳になったばかりの時。これも僕の人生を変えた出来事でしたね。とにかくミーハーだったもんですから、上司から就任を打診された時は、経営に携われる!とトイレのなかでガッツポーズしました。ただ、当たり前ですが、経営のケの字もわからなかったものですから、そこからまた地獄っていう(笑)。

  でもそこで学んだのは、目の前にあることを全力でやっていると誰かが見ていて、チャンスを与えてくれるということ。それを、あいつは運がいいなって思われたりもするんですが、運って自分でもぎ取るもんなんですよね。そして、往々にして自分のキャパシティやスキルを大きく超える高いハードルが待ち受けているわけなんですが、それを乗り越えれば、人ってすごい勢いで成長していけるんですよね。なので、若いうちは、難易度が高いと感じ、しんどくてタフな仕事であればある程、ガッツポーズですよ。

―その後、エンターモーションを起業されていますが、そのきっかけは何だったのでしょうか?

  たぶん、もともと自分の奥深い所に起業マインドはあったと思うんですよね。うちの親父も40代でサラリーマンを辞めて起業していたので。ネットエイジの存在で顕在化されたといいますか。それで自分で会社やりたいな、って思った時に、たまたま日商岩井の同期の佐竹(佐竹義智[さたけ よしとも]氏。現エンターモーション副社長)と焼き鳥屋で飲んでいて、その場の勢いで「じゃ、やるか!」と(笑)。

  人って無限の可能性を秘めていると思うんですよ。それに気づいていないだけ。なので、人との出会いや、様々な経験を通して、それが顕在化したり、化学反応を起こして、新たな自分に出会うことが出来るんです。超安定志向の僕がベンチャーどっぷりで本当に自分が人生をかけて勝負したいと思えるFieldに出会えたわけですよ。
  若いうちから自分の目指すべき方向や夢を持っている人は恵まれていると思います。僕を含め、大体の人が若いうちに何やりたいかなんてわかんないですよ。なので、どんなことでも全力を尽くしてやっていると、色々な人との出会いや経験につながり、その結果、自分の夢ややりたいことが自然と見えてくるんだと思います。

  プロモーションズの話に戻りますが、当時、僕らはPC上で懸賞メディアの展開をしていたんですが、本当はもっと、モバイルのほうをやりたかったんですよ。株主の都合でスピーディーにできなかったんですが、これから24時間、常に30cm以内にあるモバイルのマーケティングの波が絶対に来る!今しかない!と。そうした想いで、4畳半のぼろぼろのアパートで創業したのが、エンターモーションです。2003年、ちょうどモバイル広告が出始めたばかりのころでしたね。この市場を僕らは信じて、強い信念に基づいて突き進んだわけです。

―起業にあたっては様々なご苦労があったかと思います。それでも、起業してよかったと思うことはありますか?

  その先、どうなるか分からなくても、やっぱり自分の本当に信じた道を自分で決めて、そこに突き進めるって事じゃないですかね。モチベーションって上げるものじゃなくて、自然ににじみ出るもんだと思ってるんですよ。自分の信じた道であれば、モチベーションってにじみ出ますよ。

  あとは、人として自分に正直になれたこと。どんな人の意見でもアイデアでも「いいな」と思ったことなら、どんどんやったらいいんだって、ベンチャーをやって思いましたね。大きな会社にいたときは、後輩が意見を出して来たら、「まだまだ甘いな」とか何かと注文をつけてみるとか、カッコをつけてた自分がいましたから。それって、かなりカッコ悪いんですけどね(笑)。しょうもない議論している暇あったら、さっさとやれって感じですよね。
  その上、こんな最高な仲間たちと一緒に、自分たちの夢を追求できるのは、本当に素晴らしいなって思います。純粋に「めちゃくちゃおもしろい!」って思えるんですよ、どんなにしんどくてもね。

いろんな場所へ飛び込んでほしい。そして全力をつぎ込もう

株式会社エンターモーションにて

―仕事を続けていくため、持ち続けている信念や、社員に求めていることは何ですか?

  どれだけ会社の規模が大きくなっても、人として一番大事なことは、「誠実」「謙虚」そして「感謝」だと思っています。人は周りの人に生かされていると思うんですよ。だから、素直に感謝です。友人に同僚に諸先輩方、そして生んでくれた親に。特に家族は大事にしてほしいなと思ってます。会社の仲間も家族みたいなもんじゃないですか。あとは、自然と心の中からあふれ出るモチベーションですね。夢や掲げた志に向かって進んでいくっていうことが感じられれば、純粋に楽しいじゃないですか。ワクワクしますよね。だから、そこにいる仲間や仕事や、時には目の前に立ちはだかる大きな壁を通じてその夢を実現する為に必要なものが身につくなと感じられるかどうかですね。苦しいことでも自分の求めるものに近づくために必要なことだと思えるならワクワクしますよ。そうしたら、自然とモチベーションってあふれ出ると思うんですよね。

  僕は人生を楽しんでほしいんです。人によりけりだと思いますが、ビジネスは人生のなかでも大きな割合を占めるじゃないですか。ですので、ビジネスも楽しんでほしいんですよね。そんなことをメンバーにはいつも言っていますね。

―それでは、大学生や就活生へ向けてメッセージをお願いします。

  ちっちゃなことでいいから、やりたいことを持ってほしい。でも、例えそれがなくても心配する必要はありません。お話しした通り、僕だって大学卒業した時は、はっきり言って何も考えてなかったし、将来のイメージなんて漠然としか持っていなかった。日商岩井に入った時も「商社ってカッコいい!スゲー!」……そのイメージだけ。でも、いろいろな価値観を持った人との出会いや様々な経験を通して自分の人生観や価値観が大きく変わり、結果としてたくさんの点と点が結びついて、今の自分が形成されたんです。だから、いろんな環境に飛び込んでほしい。そして飛び込んだ限りは、全力でやれ!と思いますね。おもしろくなくても。精いっぱいやれば、絶対何か見えてくる瞬間があるはずです。だから現時点で夢が見つからなくても、安心してほしいですね。

  夢を持っている人は、是非それに向かって邁進してください。でも進むうちに「違ったな」「失敗したな」という結論になるかもしれません。でもそれを恐れずに、どんどんチャレンジしてほしいなと思います。うちにもそういう環境が整っていますので、もしよろしければ……!

―(笑)御社の採用基準はどういったものでしょう?

  いい仲間がいれば新卒でも中途でも大歓迎です。しばらくは中途採用が中心だったんですが、昨年から新卒を再開してまして、今後は継続的に採用をしていく予定です。基準としては、情熱と、ちっぽけでもいいから夢や志を持っていること。知識やスキルなんて、あとからついてきますからね。中途だとそうもいきませんけども、新卒ならね。
  熱い情熱と志。是非この2つを持って、チャレンジしに来てください!

[取材]高橋秀明・真田明日美 [執筆・写真撮影]真田明日美

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