横浜国立大学経営学部が育む、ビジネスの実践的な課題解決力
- 大森 明(Akira Ohmori)
- 横浜国立大学大学院 国際社会科学研究院 教授
横浜国立大学 経営学部 教授
1994年、青山学院大学経営学部第二部経営学科を卒業。96年に横浜国立大学大学院経営学研究科において経営学の修士課程、2000年に同大大学院国際開発研究科で博士後期課程を修了した。01~07年は愛知学院大学商学部にて専任講師・助教授として教壇に立つ。07年に出身の横浜国立大学に戻り、経営学部の准教授を務める。14年より現職。
専門ジャンルは会計学。特に環境/資源/社会問題に対する会計学からのアプローチを試みており、ミクロとマクロの分野を包摂した環境会計のフレームワークの構築、政府・自治体の経済/社会/環境政策の立案に資する会計システムなどの研究を行う。同時に後進の育成に力を注ぎ、経営学部1年生の必修科目である「経営学リテラシー」において、2018年度の運営委員長を務めている。
横浜国立大学経営学部
[創立]1967年6月(経済学部から分離)※国立大学法人化 “前” の横浜国立大学は1949年5月に設立
[所在地]神奈川県横浜市保土ケ谷区常盤台79-4
[アクセス]各線 横浜駅西口から横浜市営バス、相鉄バス / 横浜市営地下鉄 三ッ沢上町駅 / 相鉄本線 和田町駅から徒歩15~20分
※内容はすべて取材当時のものとなります。
新技術の開発や事業の創出を目指して、教育・研究機関と民間企業がタッグを組む「産学連携」。2014年にノーベル物理学賞を受けた青色LEDをはじめ、理工系ジャンルでの成果が目立つ。
参考:青色LED「産学連携で用途拡大」ノーベル賞の天野氏 ‐ 日本経済新聞
そんな中、実践的な課題を解決するスキルを育むため、学部を横断したカリキュラム・ポリシーに
・産学連携
・学外フィールドワーク
・対話型手法によるアクティブラーニング学修(グループワーク)
を取り入れている横浜国立大学のプレスリリースを発見した。経営学部の1年生が全員必修する「経営学リテラシー」の授業内で、飲料メーカーのキリンビバレッジ株式会社から提示された新商品開発の課題に励んでいるという。
同社の『世界のKitchenから』シリーズを愛飲してやまない筆者はさっそく鼻息が荒くなり、優秀チームのプレゼンテーションが行われる授業の最終回に潜入。8チーム中、2チームがキリンビバレッジの社員から表彰される様子を見届けてきた。
また2018年度の「経営学リテラシー」運営委員会を束ねる大森明教授にもインタビュー。授業のねらいをたずねると同時に、先生のご専門である “会計学” についてもお聞きした。経営学部に興味がある、会計学を勉強してみたい、他大学とのカリキュラムを比較しようかな……と考えるあなたにぴったりの内容です。
ビジネスの実践的な課題解決力を1年次から養成、横国大経営学部の「経営学リテラシー」
――「経営学リテラシー」がどのようなミッションを持っている授業か、ご説明いただけますでしょうか?
2017年の経営学部リニューアルが関係しているので、その話からさせてもらいますね。その前は
・経営学科
・会計・情報学科
・経営システム科学科
・国際経営学科
の4学科があったのですが、改組して「経営学科」に一本化しました。
――どのような狙いがあって、4学科を「経営学科」に一本化したんですか?
受験時に学科の壁を設けていると、入学してから弊害があるかもしれない……と考えるようになりまして。というのも社会に出たら総合力が大切にもかかわらず、学生は「マーケティングやりたいから会計は履修しない」などと考えがちで……。壁があるから、自身が所属している学科以外の勉強をおろそかにしてしまう傾向があるんです。
これまで大学はスペシャリストの輩出に取り組んできましたが、多様化・複雑化した現代社会にスペシャリスト養成だけに特化するのはそぐわないんですよね。
――そうだったんですね。では “総合力” を身につけさせようと一本化を?
はい。1年次は経営学部らしく「ビジネス」について “広く” 知ってもらいます。まずは概論レベルで
・マネジメント分野
・アカウンティング分野
・マネジメント・サイエンス分野
の科目と今回の「経営学リテラシー」を履修してもらうことで、ビジネスにまつわるさまざまな領域の基礎知識を獲得できるように改組しました。スペシャリストに対して “ゼネラリスト” の養成を目指しています。かといって、学生はスペシャリストを目指すことができないというわけではなく、2年次後半以降の科目履修やゼミ選択を通じて目指すことができます。
専門性を高めるのは2年次以降。最終の4年次には、上記の3領域をグローバルな視点から見つめ直させる取り組みも行っています。そうすると、
■経営を広く知って(1年)
■専門性を高め(2~3年)
■グローバルな視点(4年)
を持ったうえで卒業できる。こんな設計になっているんですね。
――そんな中、1年生の必修科目である「経営学リテラシー」はどんな目的があって設置された授業なんでしょう?
経営に関するさまざまなジャンルの基礎知識を獲得し始めた1年生が、これまで学んだことを横断して活かしながら取り組めるようなカリキュラムがあったら。そう考えて設置したのが「経営学リテラシー」です。
ビジネスをめぐる課題を、これまでに学んだ知識を総合させながら解決に導いていく。そんな能力の養成を目指しています。
――「経営学リテラシー」の授業はどのように進んでいくのですか?
約300人の新入生をひとクラス40人くらいに分け、さらにそこから各クラス8~10チームを組み、グループワークを中心に授業を進めています。2018年度は8クラス、約70チームができました。座学ではなくグループワーク形式を取っているのは、能動的に授業へ参加してもらいたいから。
といっても学問の世界に初めて飛び込む学生が圧倒的に多いわけですから、最初は
①読む:的確に資料を探して読み込む
②聴く:話し手の意見を適切に聴き取る
③考える:①②を通じて入手した情報をもとに、論理的な結論を導き出す
④伝える:③の考えた結果をレポートやプレゼンを通じて正確にアウトプットできる
といったベーシックな力をつける訓練をしてもらっています。
――シラバスを拝見すると「企業経営に関する課題の解決策をグループ単位で検討し、その成果を発表することが求められる」とありますが?
これまでにお話しした、学問の世界に入るうえで必要なベーシックな力を身につけた秋以降は、より実践的な内容に踏み込んでいきます。
――というと?
「実際のプロジェクトから問題点を発見してみよう」「この会社の良さを一緒に考えていこう」など、ビジネスに関わる題材を学生に提供し、グループワークを通じて主体的に考察を深めてもらいます。
――それで2018年度はキリンビバレッジさんから提示のあった課題に学生さんが取り組んでいるわけですね。実在する企業に協力を仰ぐ狙いはどこにあるんでしょう?
学生の大半は去年まで高校生でしたので、どんな事業を手がけている会社かわかりやすい方が、学生にとっても企業の抱える課題を具体的にイメージしやすいですよね。たとえばキリンビバレッジさんは名の知れた飲料メーカーですから、「売上の落ちている缶コーヒーをどうしよう」とか「競合他社をリードできる新商品とは?」とか。
――学生さんの興味の間口があらかじめ広い状態をつくっておく?
はい。実在する企業で活躍されているビジネス・パーソンに「今うちの会社にはこんな課題があるから、その解決策をみなさんに考えてほしいんです」と語ってもらうと、やはり説得力がありますよね。実際の現場から出てきたテーマを提示してくださるので臨場感もありますし、学生のモチベーションも高まります。「実学の経営学部だなぁ」という実感を持ってもらいたい。
――企業選びはどのように行われているんでしょうか?
うちの経営学部に在籍している企業出身の客員教授が、ビジネスの世界と「経営リテラシー」の授業を結びつけてくれていますね。人脈がある教員なので、どんな会社が応じてくださるのか “皮算用” しながら決めています。
選定の基準としては「学生にとって仕事のイメージがしやすい会社であること」以外に、「企業にとってもメリットがあること」を念頭に置いていて。
――横浜国立大学経営学部と連携することで生じる、企業のメリットって?
会社で現在抱えていらっしゃる問題を「経営学リテラシー」の授業を通じて学生に考えてもらうことで、課題解決にならないだろうか……という点がメリットになるでしょうか。とはいえ学生はマーケティングの “素人” ですので、商品開発をさせるにせよ成果物に対するロジックは弱いと思うんです。
でも “ヒント” は眠っているのかな、と。何か発掘できるものがあれば、企業・学生・大学にとってトリプルWinの理想的な関係になりますよね。今回(2019年1月30日に行われた全体発表会)は各クラスから選抜された8チームの発表のみですが、キリンビバレッジさんにお渡しするUSBメモリには全チームのアイディアを盛り込みました。
――今回はキリンビバレッジさんから、どのような課題の提示を受けたのでしょう?
執行役員で企画部長の山崎徹さんから、「大学の立地を活かして “横浜・湘南発” の清涼飲料水を開発してほしい」という課題を賜りました。1年生の全員が4~6人でチームを組み、3ヵ月にわたってグループワークを繰り広げまして。
――学生さんは3ヵ月間、どんなことに取り組んでいたんですか?
店舗見学や現場視察などのフィールドワークを通じて “地域性” をつかんでもらいました。とはいえ、300人いる1年生を一斉に街に放つわけにはいかないので「非参与観察法」を取り入れて。
――すみません、ヒ・サンヨカンサツホウ?
反対語は「参与観察法」で、これはインタビューやアンケートを通じて現状をつかんでいくやり方です。対象に積極的に関わっていくんですね。
対する「非参与観察法」はアクティブに働きかけることなく、第三者として状況を見つめる……という手法。たとえば「この店でキリン製の商品はどのくらい売れているか」というのを “正” の字でカウントしていく。
――スーパーやコンビニなどで行うんでしょうか?
そうですね。競合他社の商品と一緒に陳列されている中で、キリン製の商品はどのように扱われているのか……といったことをリサーチしているチームもありました。
今回はキリンビバレッジさんから、
・お茶飲料(例:生茶)
・紅茶飲料(例:午後の紅茶)
・コーヒー飲料(例:FIRE)
・健康飲料(例:SUPLI)
と4つの商品セグメントから課題提示を受けたんです。
たとえばコーヒー飲料の担当になったチームは、コンビニで缶コーヒーの棚を見て「ジョージア(日本コカ・コーラ)とBOSS(サントリー)の2強だな……」と感じるわけです。でもキリン製のFIREは残り1本しかない。「商品シェア4位と言われているけど、消費者からすごく支持されているんだな」と肌で実感する。すると開発にいたる “ストーリー” に説得力が増すんですよね。
――商品に “横浜・湘南発” といった地域性を盛り込むために、学生さんが取り組んだことは何でしょう?
鎌倉、みなとみらい、元町などひと口に “横浜・湘南” といってもさまざまな特色のエリアがあります。そちらに飛んで「各エリアの地域性にはどんな特徴があるんだろう?」という観点でフィールドワークをしているチームが多かったです。
――どんな着眼点で商品開発したのか、今日の発表が楽しみですね! ほかに学生さんにされたアドバイスはありますか?
グループワークで煮詰まっているチームには「説得力ある商品開発には “根拠” が大切」と知らせたことがあります。「今こんなデータがあるから消費者にはこんなニーズがあって、それに応えるためこんな商品にした」というストーリーが自然に描けるような。
――各クラスに8~10チームあるというお話でしたけど、教員がお一人で指導されているんですか? だとしたら大変ですね……
教員以外にも、上級生がSA(Student Assistant)として2人ついていまして。1年生がグループワークしているところに入っていって、議論が滞っていたらヒントを与えます。「まずはフィールド見てきたら?」みたいな形で糸口を提供する。答えは決して出しません。
――学生さんに考えさせなければならない場面ですもんね。SAの働きかけが学生さんのヒントにつながったエピソードを教えてください。
ターゲットを「横浜駅」に据えていたチームが煮詰まり始めたところに入り込んで、「横浜駅の周辺に地域性の特徴を見出せるかな?」と問いかけていましたね。学生は自然とステップバックして考えるようになって……最終的には設定する地域を変更したのかな、確か。
――そうだったんですね。「経営学リテラシー」を履修した学生さんの成長を感じられたシーンは?
チームに4~5人いるとリーダーっぽくなる学生が現れて、彼らが一生懸命に “解” を求めるようになるんです。その姿に触発されて、データ集めに奔走する子、プレゼン用の資料づくりを申し出る子……と自然と役割分担されるようになりました。
春からずっと同じクラスで、課題ごとにチームメンバーも入れ替わるので顔見知りが増え、関係性や学生の人柄が見えるようになってくるんでしょうね。
――それぞれ切磋琢磨しあいながら商品開発に取り組み、各クラス全チーム分の成果物が完成したと思います。今回の全体発表に登場する8チームは、どんな基準で選ばれたんでしょうか?
各クラスの教員の方針によって異なりますが、うちのクラスは学生による投票制にしました。「商品開発までのストーリーに説得力がある」などある程度の基準を設けられるので、僕とSAで選んでもよかったんですけど。
――選抜チームの発表に、キリンビバレッジの方が何とコメントされるか楽しみですね!
そうですね!
キリンビバレッジさんは今日、表彰するチームを決めてくださるとおっしゃっていて。発表内容のレベルによっては試作品づくりも視野に入れてくださるそうで……社内のマーケティングチームと学生が議論できる場を設けていただける、とか。内弁慶な学生はおよび腰なんですけど。せっかくの機会なのにもったいないですよね。
――貴重なチャンスなのに! でもその話をお聞きして、今日の全体発表会ががぜん楽しみになってきました!
■経営学リテラシー 全体発表会(2019/01/30)について
当日は各クラスから選抜された8チームが、キリンビバレッジ株式会社の執行役員/企画部長・山崎徹さん、同社の横浜支社長・佐藤栄二さんの前で、新商品開発のプレゼンテーションを行った。購買層のターゲットや “横浜・湘南” の地域性をどうやって商品に落とし込み、販促していくのか。各チームともに興味深い発表が繰り広げられた。結果は以下の通り。
- 経営学リテラシー 全体発表会(2019/01/30)の結果
①大森クラス
SUPLI→「Hamassea」
コンセプト:三方よし@横浜で、働く現代人の「生活リズムマネジメント」を行うラッシー
②八木クラス
FIRE→「ハマモカ」
コンセプト:みなとみらい観光の休憩がてら、次の行き先を提案するカフェモカ
③二神クラス ★キリンビバレッジ・山崎徹さん選
FIRE→「WHITE~癒しのミルク~」
コンセプト:みなとみらいで働く女性の疲れを癒し、健康を支えるカフェオレ
④小川クラス
SUPLI→「SUPLI バーリィーティー」
コンセプト:ごはん食に合う機能性表示食品を目指して、横浜駅周辺のオフィスワーカーが始める麦茶サプリ
⑤GBEEPクラス
午後の紅茶→「午後の紅茶 YAMATE & MOTOMACHI」
コンセプト:山手元町のイメージを伝え、現地に足を運びたくなるローズティー
⑥高須クラス ★キリンビバレッジ・佐藤栄二さん選
FIRE→「café FIRE」
コンセプト:みなとみらいのオフィスワーカーに、セルフカスタマイズできる自動販売機型コーヒーメーカーで落ち着いた上品な朝を届ける
⑦鈴木クラス
FIRE→「マリンブルーの微糖」「夜景のBLACK」「レンガのカフェラテ」
コンセプト:みなとみらいの観光スポット・オフィス街の特性に合わせたコーヒー飲料
⑧成島クラス
生茶→「鎌倉生茶」
コンセプト:鎌倉観光の外国人観光客に訴求する、ビター/スイート2種の緑茶
★=表彰チーム
プレゼンテーションのあとには、山崎・佐藤の両氏から講評を受ける流れに。特に表彰された2チームには、下記コメントが寄せられていた。
■キリンビバレッジ株式会社 執行役員/企画部長・山崎徹さん→二神クラス FIRE「WHITE~癒しのミルク~」
説得力あるデータをもとに「横浜・みなとみらいに勤めるオフィスワーカーの女性」をターゲットに据え、商品化の具体的なイメージが湧きました。また『FIRE』の本来持っているブランドの強みをしっかり理解して、そちらを活かした新商品開発をしていただけそうな気もしています。
■キリンビバレッジ株式会社 横浜支社長・佐藤栄二さん→高須クラス FIRE「café FIRE」
ペットボトルや缶が不要で、マイボトルも使える自動販売機型コーヒーメーカーということで、環境保全への目配せがしっかりなされていると思いました。実際に自動販売機のビジネスを手がけている我々に「こんな風に進化してくれたらよいな」と考えさせてくれたアイディアです。
ビジネスの必然が生み出した「会計」の魅力を、より多くの学生に伝えたい
――次に、大森先生のキャリアについて教えてください。ご専門とされている会計学を学ぶ意義はどんな点にあると考えていらっしゃいますか?
意義をお話しする前に「会計を勉強しています」と聞いた時の反応が、万国共通で “薄い” ことが気になってるんですよね……。金勘定にすごく細かくて、もっと言うと暗いイメージを持たれがち。緻密で小うるさい印象もあるみたいで、企業で働く人に言わせると「経理でこの伝票が通らないのは会計のせい」とか(笑)
――とんだとばっちりですね!(笑)
ですよね?(笑)
同じ経営学でも、表舞台で活躍する花形のマーケティングや商品開発などに比べて……会計は “超” がつくほど地味。どちらかというとインフラの側面が強い “縁の下の力持ち” なんです。
――どういうことですか?
会計って、目に見えない企業の活動を見えるように “情報化” する行為なんです。で、その情報を見た企業のトップは経営判断を下すし、「○○な理由で儲かっているなら」と投資判断する人もいるでしょう。役職のない一般社員でも「うちの事業部はどうして利益率が低いんだろう……あ、ここが悪いからか!」と問題を発見するのに会計による情報を用いることもありますし、「じゃあ次の決算期まではこの資金をこんな活動に投下して、回収かつ黒字化していこう」という指標にすることもあります。
要は曖昧な状態を “見える化” して、「現状の課題はどこにある?」「それならこんな意思決定をしていこう」と、会計を進むべき道の判断材料として活用していくわけです。でもそんな会計がこの世になかったら……? 考えてみてください。
――状況を把握して、次の一手を繰り出すための適切な意思決定ができないことに。
そうです。倒産する会社が相次ぎ、株式市場も成り立たないでしょうね。
京セラ創業者の稲森和夫さんは、会計を “コックピットの計器” にたとえています。「無数にある計器のひとつひとつが、どんな状況でどう動いて、何を表しているのか把握していなければ、パイロットである経営者は会社を操縦できない」と。
――なるほど。
でもひとえに「会計」というと、情報をつくる側面ばかりがクローズアップされがちで。いわゆる「会計って……簿記でしょ?」みたいなパブリックイメージですよね。
――すみません、不勉強な私も今のところ、そう感じてしまっています。
それを払拭したいんですよ!
会計は情報を “つくる” だけじゃなくて “読める” ことが大事だということを強く伝えたいです。読み取ったうえで適切な道を選ぶ手段として、会計を “活用” してほしい。
――これからのお話で、会計に対するわたしの誤った認識を改めてくださるとありがたいです。まず、大森先生が会計に興味を持った原体験から教えていただけますか?
“ギャップ” にしてやられたんですよね。会計に対する僕のイメージも、最初は分厚いメガネかけた地味で暗そうな人が、電卓片手に高速で数字をまとめていく……みたいなものだったんですけど。
――なのに、どうして?
大学で必修科目として簿記を学ぶうちに、おもしろさに気づいたんです。情報を “つくる” 側面を見ても「左に借方いくら、右に貸方いくら」と分けて整理していくと、数字が収まるんですよね。その様子が「すごくキレイだなぁ」って。「簿記を考えた人はすごいな」と素直に感動してしまいました。
――簿記は誰の発明なんですか?
発明した人はいないんですよ。ただ時期は明らかになっていて、イタリアが世界の覇権を制した地中海貿易の時代。
商いをするにはお金を集め、船を仕立て、物を仕入れて売ったりしますよね。お金が動く中で「Aさんからお金をいくら借りた」「出資してもらったBさんに、儲けからいくら渡そう」と記録する必要が生じる。昔の人は試行錯誤しながら収入と支出を管理していったんです。
――簿記は自然発生したんですね。
まさに! ビジネスが生み出した “必然” のように思えて仕方なかったんですよね。簿記の誕生シーンにまんまと魅せられました。……まぁでも、簿記について深く知ろうと思ったのは「必修だから落とすと面倒くさいよ」って学部の先輩から脅されたからなんですけど(笑)
――どういうことですか?
簿記って「パズルみたいに数字がピタッとハマったらおもしろい」と言う人もいる一方で、「つまんない」と感じる人も一定数いるみたいなんです。
自分がどちらのタイプか分からなかったので、まずは「おもしろい」と感じられそうなアプローチをしてみようかな、と。
――大森先生の場合、簿記の “歴史” に着目したんですね?
振り返れば、そこに興味を持てたのが大きかったですよね。転じて「会計」そのものへの関心につながりましたし。
――会計に興味を持つきっかけにはなったとしても “研究” までしようと考えるにいたった理由は?
バブルが弾けたから、といってよいかもしれません。
――!? どういうことですか? 詳しく聞かせてください。
バブル景気が崩壊する前、大学は “レジャーランド” と呼ばれていて、誰もが学生生活を謳歌していました。特別にアピールしなくても、先輩たちは一流企業に入っていきましたし。
でも1991年にバブル崩壊。2~3年後に就職活動を控えていた僕は「イージーモードで一流企業に入れる時代ではなくなる」と考えました。
――就職活動は景気に左右される、と。
はい。仮に入社できたとしても、簡単にリストラされるんだろうな……と。「景気悪いから辞めてもらえる?」って世界がまかり通る世の中になっちゃうんだろうな、って。
――先見の明! で、大森先生はどう考えて就職活動をされたんでしょうか?
就職して社会貢献するのではなく、もっと違う形で企業と関われる方法はないんだろうか……と考えました。
当時は塾講師のバイトをしてたんですね。教えることが楽しかったので「研究の道に進んで、後進に学問の楽しさを伝える大学の教員になれたら企業とも関わることができて一石二鳥だな」と考えるようになって。
――研究者になる方が大変なイメージありますけどね。
当時は大学の教員になることが、そんなに大変だとは思わなかったんですよね。大学院に行かなければならないし、進学しても就職できるか保証はありません。今思えば、不確実性の高すぎる選択だったと思ってます(笑)
――危ない道だったかもしれないですけど、しっかりランディングされたわけですから。
ありがたいことに。
少子化で大学は科目数と教員を減らしつつあります。でも僕が携わっているビジネス系の科目ってリストラされづらいみたいで。たとえば簿記ひとつ取っても「検定試験があるから簿記は残しておこう」と意思決定してくれる大学が多い。恵まれているんです。
――学問の道に進んで大森先生は、主にどのようなことを研究されているのでしょうか?
環境や社会問題を、会計の力で解決するための研究ですね。先ほど、経営や投資判断をスムーズにするために現状を “見える化” したのが会計、とお伝えしました。それってつまり、会計は利益の追求を手助けする行為といえるわけです。
でも……企業が利益を追求しすぎた結果、何が起きましたか?
――すみません、不勉強で今のところ、従業員の労働時間が増え、酷使・搾取される下請け企業の存在が明るみに出る……くらいしか想像つきません。
ブラック労働もそのひとつですね。あとは環境問題も起きています。
だけど利益が出ている……というだけで、その企業は株主などから好評価を受けるんです。利益を追求するための “見える化”を行っていた会計は、その手先になっていたのかと。
――それはマズい。
でも会計はそもそも、企業の活動を社内外の関係者に説明するためにあるもの。だからこうした利益 “以外” の側面もきっちり情報にして、企業の価値を正しく判断できるようにしたい。これが究極目標です。
――利益 “以外” の側面をどのように測っているんでしょう?
企業が利益を追求しすぎた結果、犠牲になってしまったもののひとつに “環境問題” があると思います。そこで、企業には組織活動が社会へ与える影響に責任を持ち、あらゆるステークホルダー(※1)からの要求に対して適切な意思決定をする社会的責任(CSR)を求める機運が高まりました。
(※1)利害関係者:消費者、投資家等、および社会全体を指す
――このような社会の流れを、会計はどうやって “情報化” したのでしょうか?
たとえば企業が環境保全のために投じたコストと効果を数値化して評価する「環境会計」という手法があります。今では上場企業を中心に、この「環境会計」のみならず、広く環境保全に関わる活動を「環境報告書」などで社会に公表するようになってきています。
こうした積極的な情報公開は、「環境に配慮している企業」という点をアピールできますし、消費者や投資家に対するイメージアップやブランド価値の向上につながる。国内ではトヨタやキリンホールディングスなど日本を代表する企業が、事業活動や製品を通じて2050年という超長期の環境目標やビジョンを公表するなどしています。
こうした環境問題への関心の高まりを受けて、現在は企業も環境状況について積極的に開示するようになっています。従業員や社会問題への取り組みを示した報告書を発行するところも増えてきました。
そうした取り組みの中において、会計は今後も企業の戦略的なツールとして、重要になっていきそうです。
――そうなんですね。利益を追求しすぎたあまり犠牲となったものって、そのほかにもあるんでしょうか?
広い意味では “サプライチェーン” も該当するのかな。洋服なら、たとえば原材料をたどって行った時に東南アジアで採れた綿花に行き当たるとします。でもCSRを求める機運が高まるまで、綿花を栽培している人たちの労働環境なんて預かり知らなくてもよかった。彼らが重労働ですり減っていても、メーカーは低コストで良質な綿花が手に入ればよかったんです。
でも、それで「売れるから」「利益になるから」と彼らの劣悪な労働環境を無視していたら……?
――CSRは果たされない。指標として求められているから考慮しなければならない、というのも本末転倒な気がしますけどね。
でも、サプライチェーンの “上流” について考えなくてはならなくなってきたのを機に、劣悪な環境で働かされている人々の存在にスポットライトが当たるようになった。意義はあるんですよ。
――なるほど。そうした取り組みをしっかり行っている企業を、会計の力で “見える化” していると。
「会計学だけが可能」というわけではないと思いますけどね。“サプライチェーンマネジメント” といえば、経営管理論や生産管理論で扱いますが、会計学の一領域である「管理会計論」と関連付けるような話になってくるのかもしれない。企業等のいろんな実証データを集めながら、経済的にも環境的にもメリットのあるサプライチェーンマネジメントを展開するっていうことになるのだと思います。
――環境会計も、先生が簿記に惹かれたように “ビジネスが生み出した必然” なんですね?
気づきました?(笑)
ビジネスのあり方に合わせて会計のツールも変化していくのが、おもしろいですよね。
――本格的に取り組もうと思ったのは?
バブルが弾けたあとの1990年代の半ばは、ちょうど環境問題が叫ばれ始めた時代。「オゾン層に穴が開いているらしいよ」「地球温暖化で氷が溶けてきているみたいね」とか、噂でまことしやかにささやかれるレベルでした。現在は「気候が変動しているから」と理由がわかっていますけど、当時は明確になっていなかった。
「今後、この手の問題はどんどん深刻化していくだろうな」と感じた時に、会計の観点から環境問題に取り組んでいるスコットランドの先生がいらっしゃることを知りました。当時は環境会計が日本にそれほど浸透しておらず、経営用語でいうと “ブルーオーシャン(※2)” に見えたんですよね。
(※2)競争のない未開拓市場を指す、経営学の用語。反対語に、激しい競争が行われている既存市場を指す「レッドオーシャン」がある。
利益の追求を手助けするだけではないという環境会計のあり方に共感したこともあり、そちらの道に進んで身を立ててみたい気持ちが芽生えました。
――ありがとうございます。次に学生さんについて教えてください!
好奇心を糧に道を切り拓いて
――横浜国立大学の学生さんについて感じる変化はありますか?
自主性のある学生が増えてきた気がしますね。国大は約7割が地方出身者から構成されている分、多様性があっておもしろいんですよ。横浜出身の子もいますが、東西の方言が飛び交っている。
僕は2001~07年に愛知学院大学商学部で講師・助教授をやってたんですけど、国大に比べて地元出身者が圧倒的に多く、「両親が愛知学院大」というケースもありました。学生も人懐っこい子が多かったですね。
それを7年経験してから国大に来たら……大教室での反応がめちゃくちゃ薄くて(笑)。「ずいぶんおとなしい学生だなぁ」と感じたことをよく覚えています。でもここ3~5年は活発な子が増えてきて、授業中に投げかける言葉にもよく反応してくれるようになりました。
――学生さんはどんなテーマに関心を寄せますか?
人気どころはズバリ、
・マーケティング系
・戦略系
・人的資源マネジメント
ですね。この “BIG 3” ね、やっぱり華があるんですよ!
――先生のご専門である「会計」は “BIG 3” の中に……
入っていないんですよ。いま会計の領域でもビックデータやFinTechが花盛りなんですけどね……(遠い目)。
特にITや情報システム系での就職を目指す学生は、会計でいうと簿記は知っておいた方がいいと思う。会計も経営システム系の勉強でも数学の必要なところがバリアになる可能性があって、好きな学生はのめり込んでくれるんですが……極端なんです(笑)
――会計好きを増やしたいですね、門を叩く学生さんを。日ごろ、先生の授業で何か発信しているメッセージはありますか?
“利用” の側面に焦点を当ててもいいと思うんです。僕のゼミでは会計情報を読み込んで「会社を分析してみよう」という感じにしてあります。
――就職活動に役立ちそうでいいですね! 一方で、先生と同じ研究の道に興味のある学生にはどんなメッセージを?
常に現状を疑う……というと語弊があるかもしれませんが、「これで本当にみんなが幸せになっているのか?」という視点を持ち続けることが研究者には必要だろうと思います。利益を追求した結果、犠牲になった環境に目を向けようとした会計学のあり方のように。
そのためには “好奇心” が必要ですよね。それがないとアンテナを立てることすらできませんから。
――でも「好奇心さえあれば身を立てられる」という世界でもないと思うんです。
そうですね、最短で27歳にならないと就職できない世界ですから。浪人・留年することなくスムーズに進学できたとしても大学4年で22歳、大学院5年で27歳。しかも少子化で、教員を減らすことはあっても増えることはありません。
論文で圧倒的な力を示すことができたら引く手あまただと思うんですけど、「自分が研究者として芽が出るかどうか」をたった20歳前後で見極めるのは難しい話。
――突破口はあるんでしょうか?
最近多いのは、社会経験を経てから研究の道に “戻る” 人ですね。修士くらいでいったん社会に出て、大学院に戻って教員やるっていう人もチラホラ出てきました。社会人でドクター取って先生になっちゃうとか。本当に目指したければ、今はいろんな道があるんだと思いますよ。
――社会経験のある研究者かぁ。現場感覚がある分、研究に切り口が生まれそうですね! 読者にとってヒントになり得るご意見をありがとうございました!
横浜国立大学経営学部
[所在地]神奈川県横浜市保土ケ谷区常盤台79-4
[アクセス]各線 横浜駅西口から横浜市営バス、相鉄バス / 横浜市営地下鉄 三ッ沢上町駅 / 相鉄本線 和田町駅から徒歩15~20分
取材・文 / 岡山朋代