NHK→アクセンチュア→学習塾。チャレンジを重ねたキャリアから生まれるサイエンススクール「ISSJ」とは?
- 野村 竜一(のむら りゅういち)
- International School of Science Founding Project(ISSJ)代表 株式会社ロジム 代表取締役
東京都出身。東京大学教養学部卒。在学中カリフォルニア州立大学(UCSB)へ交換留学し、卒業後の2001年NHKに番組制作ディレクターとして入局。2002年、株式会社USEN社長室にて新規事業開発を経験。2004年、アクセンチュア株式会社に入社し、戦略グループのコンサルタントとなる。在職中の2005年、論理的思考を養成することを目的とした学習塾ロジム(株式会社ロジム)を創業する。2016年現在、未来で活躍する子どもたちの育成を目指すInternational School of Science(ISS)設立に向け奮闘中。 (ISSJ本部 最寄り駅:恵比寿)
“サイエンス” を重視した “ごちゃまぜ” の学校をつくる
―野村さんの今のお仕事について教えてください。
科学教育を重視した国際学校づくりのため、支援者のご協力を募り、実際の授業で使われるカリキュラムづくりをしています。また、1年に1回サマースクールを行っています。今年(2016年)も無事、盛況に終わりました。
ほかに、2005年から続けている学習塾ロジムの運営面、経営面を担当しています。
―現在、設立を目指している「ISSJ」とは、どんな学校なのでしょう?
サイエンスを軸にした教育と、生徒の多様性を特徴としています。今年のサマースクールでは、50名の参加者のうち30名が外国の生徒でした。公用語はもちろん英語です。
そんな“ごちゃまぜ”の環境から世の中をひっくり返すような力を持つ生徒を輩出するのが目的です。
―国際バカロレア(※)認定校を目指すということですが。
そもそも学校を再定義・再発明したいと思っています。今まで日本になかった学校をつくるので、日本の学校法人の取得を目指してはいません。
いくつかの国際的なカリキュラムについて勉強しているのですが、国際バカロレアは我々が目指す生徒の人物像と重なる部分が多いと思いました。
今は、国際バカロレアと我々のオリジナルのカリキュラムとどこまで親和性があるのか、調査・調整している段階です。
―数ある教育分野のうち、特にサイエンスに注目したのはなぜでしょうか。
たとえば哲学や文学、宗教学によって世界を変える、世界をよくするといっても、それは大変難しい。長い時間で培われた様々な地域性や文化や習慣に影響を受けてしまいます。
その点サイエンスは世界の共通語という側面を持ちます。サイエンスができることは、原則的にはどの地域でもどの文化でもできること。個人や小さなグループでも、ひとたび究めれば世の中をひっくり返せる、世の中を変えることができます。
中学生・高校生のような若い段階からサイエンスの可能性を実感し、本格的なサイエンスにアクセスする機会を増やしたいと思いました。
―ISSJのサマースクールではどんなことをするのでしょうか。
まず初日にグループ分けを行い、課題となるテーマを各グループが設定します。今年は『2050年に人類が迎える課題、およびその解決方法』でした。そしてその課題に向かって科学の力で解決する方法を考え、プレゼンを行います。
このプロジェクトワークに加え、科学分野の講師による授業・ワークショップが実施されました。
―野村さんはISSJのようなサイエンススクールをどうしてつくろうと思ったのですか?
学習塾はどうしても教える範囲と時間に限りがあります。自然と「学校をつくりたい」と思うようになりました。
また、中高生を見ていると、実は自分の好きなことに没頭している場というのが極めて少ない気がしていました。世界を変える身近な道具であり武器であるサイエンスに、高校生が没頭できる時間と場所を提供したいと思ったのが学校設立プロジェクト開始の理由です。
受験のためにする勉強が将来、何かに没頭するための準備になっているのかといえば、そうとも言えない現実があります。だからもっと好きなこと、好きな分野に時間を使えるような学校をつくれば、そこにニーズと、社会的な意義はあると考えました。
また、難しいこと抜きに、とにかく若い才能と一緒にサイエンスに日々没頭する……こんなおもしろいことはないではないですか。そんな想いが一番の原動力かもしれません。
自分の話が伝わらない! 見えない壁にはばまれたアメリカでの経験
―野村さんご自身はどんな子どもだったのですか?
高校時代はビートルズが大好きでバンドをやっていましたね。小学校から振り返れば流行りものにすぐ飛びついちゃうほうで、ビックリマンチョコが流行ればシールをコンプリートするまで買いましたし、今だったら絶対にポケモンGOをやっているはずです(笑)。
―勉強は、やはりサイエンスの分野に興味があったのですか?
そうですね、やっぱり科学者になりたいなって思っていました。何か発明や発見があって、解き明かせば世界の形が変わるようなことをしてみたいと。とても漠然としたものでしたが。
勉強そのものは嫌いではありませんでした。でも、将来何をやりたいかというのは、学生時代はまったく考えていませんでした。
―大学時代はどんなことに注力していましたか?
一番時間を使ったのはNHK『ためしてガッテン』でADのバイトですね。大学は駒場にあり、NHKは渋谷にあったので、とても行き来しやすかったのです。
そこで自然とNHK番組制作者の探究心・プロ意識に憧れ、私も新卒はNHKに入ろうと思いました。とにかく仕事を楽しんでいる様子が印象的でした。
―確か大学在学中に留学もしたそうですね。そこで得たことはありましたか?
カリフォルニア州立大学に1年間交換留学に行きました。そこでは「伝わらない悩み」を抱えることになりました。
僕は、自分で言うのもなんですけど勉強はできたほうでしたし(笑)学生にしてはそこそこ「できる」人間だと思っていたんです。けれどアメリカに行ってみたら、これがまったく、ついていけなくて……。
向こうではディスカッションをたくさんするのですが、そのディスカッションで自分の意見が相手にまったく伝わらないんです。これには大きな衝撃を受けました。
―英語がうまく話せなかったんですか?
最初は英語ができないからなのかな、と思ったんですが、英語に慣れてきて話せるようになっても、どうも相手に内容が伝わっていないようなんです。
「これは何か、とても大事なことが抜けているからに違いない」。と、そう考えてはいたもの、帰国してからもずっとモヤモヤした気持ちを抱えたままでした。
これの原因はずっとあとになってわかることなのですが……それはロジム設立につながってくるのであとでお話しますね。
NHKからアクセンチュアへ。意識が向いたほうへとどんどんチャレンジする
―大学時代からNHKでアルバイトをしてそのまま新卒入社されたとのことですが、就職活動はなさらなかったのですか?
いえ、民法のテレビ局や、通信系の会社も受けました。もちろんNHKに入社するための就職活動もしました。
今はどうかわかりませんが、NHKの面接では「どんな番組をつくりたいのか」「今何に関心があるか」といったようなことを聞かれました。あまり突飛なことは聞かれなかったと思います。振り返ると、常識・情熱・情報感度・論理性を求められていたと思います。
―就職活動で意識していたことはありましたか?
みんな、面接官の質問に対して答えを用意していくと思うのですが、僕はその答えが正しいかどうかよりも「人と違うことを言おう」と考えていました。
―NHKで番組制作ディレクターをされていたとか。どんな番組に関わったのですか?
私は福井県の福井局で、地元の産業やスポーツなどを紹介する情報番組のなかの5分~15分くらいのショートドキュメンタリーを担当していました。
取材や撮影の手配、ロケ、編集……と、毎日が文化祭のようでしたね(笑)。
―NHKに入ってどんなことを学びましたか?
入ってみて分かったのは、NHKの人はみんな「NHKに入ること」が目標ではなく「NHKに入ったあと、何がしたいか」を明確にしている人が多かったということ。
たとえばひとつの番組をつくるのにも、この番組を見る人は、何歳の、どこそこに住んでいる人で、この番組を見ることでこういう行動をする人……と、先の先までイメージしているんです。そういった先を見据えた目標に向かっていく力を養えたと思っています。
―1年ほどでNHKを退職してUSENに転職されていますが、これはどうしてですか?
もっとチャレンジがしてみたいなって思ったのです。ちょうどその時は俗に言うITバブルで、「通信と放送の融合」が叫ばれていた時代でしたし、同年代が“イケてる”ベンチャー企業でバリバリ働いているのを見てなんか楽しそうでしたし(笑)。
当時USENは、各家庭にブロードバンドを通し、そこにコンテンツを届け新しい情報インフラの仕組みをつくろうとしていました。まさに「通信と放送の融合」の最先端でした。転職エージェントでちょうど薦められたこともあり、中途採用試験を受けました。
―USENではどんなお仕事を?
USENの社長室に所属し、新規事業を立ち上げる際の事業モデルをつくる仕事を主にしていました。
今まではどちらかというと番組制作という「職人」側の世界にいましたので、まったく違う世界、しかもゼロから何もかも学びながら働くのは大変でしたね。
―あまり職種や業種にはこだわらないほうだったのですね。
そうですね、興味が向いたものに一生懸命になるところは、学生時代から変わっていないかもしれません。
USENではビジネスの教科書に書いていないようなことをたくさん学べたのは、ほかではできない、いい経験だったと思っています。
―USENから、コンサル業のアクセンチュアに転職したのはなぜですか?
USENでお世話になった上司が元戦略コンサルタントだったので、その人の影響が大きいですね。憧れていましたし。自分もちょっと1回、武者修行のつもりでコンサルやってみようって。わりと軽いノリではありました(笑)。
「俺は何をやっているんだろう……」仕事の価値を求め教育業界へ転身
―アクセンチュアにいる間にロジムを設立していますが、そういった教育の分野に目覚めたきっかけは何ですか?
USEN時代の上司が元マッキンゼーの方だったんですが、その方からコンサルにおける話し方や物の考え方の指導を受けました。そこで部署内で「ロジカルシンキング(論理的思考)」の仕方の勉強会があったんです。
これを受け、さらにアクセンチュアで「ロジカルシンキング研修」を受けたり日常業務のなかで強烈に「ロジカルであること」を求められるうちに、留学の時に感じた「伝わらない悩み」の原因が「ロジカルシンキングができない」ことにある、と気づきました。
日本の現状の教育は、新しい情報や知識はどんどんインプットさせようとするけれど、人とのコミュニケーションの仕組みややり方の部分はあまり学ばない。パソコンにたとえたら、OS部分を変えないまま、最新のアプリケーションをどんどんインストールさせようとしているようなものです。ちょっと無理がありますよね。
そういった教育に対する問題意識がどんどん高まり、思考のOS部分をつかさどるロジカルシンキングを教育分野に採りいれたいな、と思うようになったんです。
―「ロジカルシンキング」とは、つまりどのようなものですか?
こういう物事が起きた背景にはこういう原因がある、というように、物事の“因果関係”に注目してものを考える思考体系のことです。
物事の因果関係を前提に考えることができれば、相手に対し、自分のメッセージを分かりやすく伝えられるようになるので、仕事や生活がしやすくなると考えています。独断で物事を進めたり、盲目的になることで損をしたり、人を傷つけたり、自分が傷つくリスクは回避しやすくなるでしょう。
でも、この“ロジカル”な部分が、今の日本の教育にすっぽり抜けています。そのため、うまく話を組み立てられず、「なんとなく」で話す人が大半です。僕もその1人で、留学先でディスカッションについていけなかった原因がここにあります。
グローバル社会では、これからますます“ロジカル”な考え方、伝え方が必要になっていきます。思いつきや、根拠のない独断、文化背景に頼ったコミュニケーション方法では我々が抱える問題を解決できません。
もっと日本の教育のパーツとしてロジカルシンキングを学べる場を増やしたい。それが学習塾ロジムをつくろうと思ったきっかけですね。
―まったく未知の領域なのに、どうしてそこまで「教育をやろう」と思えたのですか?
アクセンチュアに入って1年半くらいの時だったと思うんですが……働くこと自体に疑問を持ち始めたんです。「俺、何やってるんだろうな……」って。
仕事でいくら結果を出したところで、自分のしたことがいったい、世の中の前進にどこまで関わっているのか。第一、自分じゃなくてもできることじゃないか?と、思うようになってしまったんです。大変偉そうな悩みですが、若いころってこういう自分探し的なことに悩むもんですよね。
そう悩んでいた同じタイミングで、先ほどのロジカルシンキングという思考体系を教育分野に導入してみたい、という気持ちが頭をもたげてきました。
教育なら、自分がやることの意味が見出せる。そこでいっぺんにスイッチが入ったというわけです。
情報を受け取る側でなく、発信する側にいこう
―野村さんがお仕事をするうえで、大切にしていることは何ですか?
ひとつは、人と違うことをすること。どんなに立派なことでも、人と同じことをしたとわかった時点でその価値は限りなくゼロに近づくと思うのです。
“人と違うことをする”――これにはたくさんの可能性があるので、絶えず意識するようにしています。
もうひとつは、妥協しないこと。人間はほうっておくとすぐに妥協をしてしまうので、特に新しいことをはじめる時は、何があっても目線を下げずに自分が理想とするものを追うようにしています。
―ISSJでは学校づくりを手伝うインターン生を募集しているそうですが、求める人材像はありますか?
できれば修士・博士課程にいて理科系の専門分野をもっている方、そして英語でコミュニケーションができる方です。
ただ、そういった方でなくても、教育と科学の力を本気で信じている人、我々の考え方に共感いただけた方は、是非ご連絡ください。お話してみたいです。
―それでは学生や若い世代へ、メッセージをいただけますでしょうか。
先ほど言ったことと重なりますが、人と違うことをすること。それと、ただ消費する側にならずに、“創り出す側”になることを考えてほしいと思います。そのためにも人との会話にしろ、物事が起こることにしろ、その裏にある構造にたえず目を向けてほしいんです。
たとえば、就活で企業の無料説明会に行くのなら「無料なら、これは誰が利益を得ているんだろう?」と裏で何が起こるかを意識すると。そういう習慣を身につけるだけで、今後の足の踏み出し方が変わります。単に物事を受け取るだけの羊の群れにならずにすむかもしれません。
与えられた情報を受け取るだけでなく、自分が情報を発信する側になるように備えてほしい。そして間違っていてもいいから、人と違うことをすること。大人になると逆戻りできないですからね(笑)。今からそういう力を身につけていってほしいと思います。
[取材・執筆・構成・撮影(インタビュー写真)]真田明日美